映画の公開延期・中止、そして宣伝活動も止まった
未曾有の難局に直面する映画業界
新型コロナの世界的な感染拡大で映画館が休業してからおよそ1か月が経った。政府は緊急事態宣言を5月いっぱいまで延長し、東京や大阪など「特定警戒都道府県」では6月になっても上映を再開できるのかどうかわからない不安な状態が続いている。
今にして思えば、今年2〜3月の時点で、ここまで映画業界が苦境に立たされると、誰が予想できただろうか。新型コロナは、高齢者の致死率が高いため、東京では高齢者に人気の岩波ホールやBunkamuraル・シネマなどが早々に休館した。日本最大の映画館TOHOシネマズはぎりぎりまで踏ん張っていたが、政府が4月に緊急事態を宣言した以降は、すべての映画館を休館にした。
果たして、アフターコロナに映画ファンが映画館にどれだけ戻ってくるのか?
映画宣伝マンの立場から、今後の映画業界の道筋を考えてみたいと思う。
コロナ再流行の不安の中で上映再開か
映画各社は春休みやGWの大型作品の公開延期を早々に決め、改めて年末年始などの公開初日を公表している。
しかし、新型コロナは一旦、落ち着いたとしても、いつ再流行するのか、誰も見通せない状況だ。果たして予定通り公開にこぎつけられるかどうか、まだ不安は消えていない。
500館以上の大型作品は映画館が公開日程を割り当ててくれるだろうが、100、200館規模の中型作品、さらには30館規模のミニシアター作品の中には、公開日程を割り当ててもらえず、お蔵入りになる作品が出てくるかもしれない。
また、大規模作品であっても、映画館の座席は隣の席を空けた状態での上映となる可能性もあり、集客人数の低下に直面する懸念もある。いずれにせよ、映画館や配給会社、そして宣伝会社といった映画業界は大幅な減収は避けられない。
ただ、アメリカでは、アフターコロナの映画業界の姿を暗示させる動きが早くも始まっている。
映画配信はネットフリックスだけの世界ではなくなった
米大手配給会社が驚きの新作上映方式を始めた
ハリウッドを抱えるアメリカでは、新型コロナの影響で映画館が閉鎖されているなか、配給会社のユニバーサル・ピクチャーズが新作の劇場公開に先立ち、ネット配信に踏切り、大手映画館と衝突している。
ユニバーサル・ピクチャーズだけでなく、パラマウント・ピクチャーズやワーナー・ブラザースといいった大手配給会社も次々と劇場再開を待たずして新作映画のオンライン配信を決めたという。
映画館に先立って新作をネットで配信するということは、これまでの映画業界ではありえないことだった。

動画配信サイトのネットフリックスが台頭してきた時、映画館の興行収入が危ぶまれたものだが、2019年の日本映画界は過去最高の興収をたたき出した。しかし、新型コロナの不安を脳裏に植え付けられた日本の映画ファンは果たして映画館にどれだけ戻るのだろうか。
なおも映画業界に残る楽観論
今回のコロナウイルスの影響は、まずは映画プログラムの主導権を握ってきた劇場が大きな被害を受けた。上映の中止や延期で、配給会社はもとより、作品1本1本の仕事を請け負って生活する宣伝会社やフリーランスの人々の収入が閉ざされた。
しかし、あまりにも未経験の事態に直面したために、映画業界には「まだどうにかなる」「映画館に客足は戻る」「シネフィルは映画館で見るものだ」という楽観的な観測もある。
映画製作会社や配給会社はウイルスという未曾有の投資リスクを背負うことになるが、アメリカの配給会社が始めた配信事業を念頭に置きながら、製作・宣伝を考える会社も増えてくると予想される。
映画業界は新型コロナが鎮静化したあと、作品をどう宣伝し、どういう形で観客に鑑賞してもらうのか、これまでの常識を超えた思考や施策、行動が必要になると思う。
日本の映画業界で始まった新たな試みと期待感
映画産業を自負する欧米や『パラサイト』で勢いづく韓国は、早くも国が支援に乗り出している。
休業対策や失業対策ですら初動の遅い日本政府に、映画業界の支援や救済を求めることはなかなか容易ではないし、期待できない。
そんな中で、ミニシアターを救おうと、日本映画界では映画監督や俳優が中心となり、「ミニシアター・エイド基金」というクラウドファンディングを立ち上げ、集まった資金は早くも2億5千万円に届きそうだという。
農業や製造業と同様に、映画というクリエイティブな商品も絶やしてはならない。かつてない苦境に直面している今だからこそ、新しい内容やスタイルの邦画が誕生する可能性もある。
洋画の配給は期限つきの契約に縛られるが、邦画は長期間にわたる著作権を有し、海外配給など様々なビジネスチャンスを内包している。
映画宣伝に関わる我々も、映画コンテンツに積極的に投資できれば、宣伝業務といった一時的収入に頼らず、経営体力を強化することができるのだ。
日本映画の現状を嘆くだけでなく、映画の企画段階から参画し、声を発していかなければならないと考えている。
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