映画「新聞記者」はなぜヒットしたのか?政治的リスクをめぐる覚悟と勇気を考える・レビュー前編

映画
『新聞記者』予告篇

政治映画が上映されただけでニュースになる国ニッポン

映画「新聞記者」が4億円超の興行収入

いまに始まったことではないのかもしれないが、映画館で流される邦画の予告編にうんざりすることがある。

なぜなら、扱うテーマが恋愛か家族かバラエティーか、いずれにしても権力中枢で何が起こっているのか、国民に問いかけようとする覚悟のある作品が皆無だからだ。

あえて言えば、企業の不祥事をモチーフにした作品はある。しかし、政治になると、日本の映画人は途端に臆病になる。

そんな中で、とかく菅官房長官との会見バトルが話題になる東京新聞の望月衣塑子(いそこ)記者の著書を原案とした映画『新聞記者』が6月28日に公開され、興行収入4億円を超える大ヒット作となった。

本作は安倍政権内の問題を同時進行的に描いた社会派エンターテイメントだ。

若者を中心に保守化が進行していると言われるニッポンで、この映画がなぜ人気を博しているのか?

いま、日本に漂う歪んだ空気を多くの国民が感じているからだと思う。

政治映画にみる日米の勇気と覚悟の違い

この作品は、女性記者の取材や苦悩を通して、マスメディアが権力にどう向き合うべきなのか、霞ヶ関の官僚がどんな葛藤に直面しているのか、その根源的な問題を問いかけている。

「権力とメディア」を描いた社会派作品なのだが、日本では作品内容以前に、こうした作品を製作できたこと自体が勇気ある行動として報じられた。

しかし、米国人には「奇妙な自由主義国家ニッポン」と見えるに違いない。

ハリウッドには、政治的なテーマを扱った映画は数多く存在する。

思いつくだけでも、以下の通りだ。

  • アル・ゴア元米副大統領が主演した『不都合な真実』
  • ブッシュ政権下の副大統領・チェイニーの半生を描いた『バイス』
  • イラク戦争中にイラクのフセイン大統領が本当に大量破壊兵器を保有しているのか真実を追い続けたジャーナリストたちを描いた『記者たち 衝撃と畏怖の真実』

政治映画をめぐって日米には大きな格差がある。

それは、映画人の覚悟や勇気の違いなのか?

あるいは両国の文化的土壌の問題なのか?

それとも表現の自由に対する政治や国民性の違いなのか?

少なくとも、日本は政治映画が公開される自体が珍しいと報道される国なのである。

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映画『新聞記者』の製作過程で分かるニッポンの空気

エグゼクティブプロデューサーがリスクを取った理由とは?

日本には「政治を扱う映画を製作・上映するのは厄介だ」と考える映画人が多い。

映画といえども、立派なビジネスだ。

巨額の予算をかけて製作した末に、多方面から批判され、上映中止となるような事態は避けたいといったリスク感覚はわからないでもない。

それ以前に、役者や制作者が協力してくれないかもしれないといった不安がよぎるのかもしれない。

実際、映画『新聞記者』も完成までは困難があったようだ。

本作は、エグゼクティブプロデューサーの河村光庸氏がいなければ、日の目を見なかった可能性がある。

河村氏は数多くの書籍や映画を手がけてきており、最近では2017年に公開された菅田将暉とヤン・イクチュンがダブル主演の映画『あゝ、荒野』(寺山修司原作)が記憶に新しい。

河村光庸 1970年に慶應義塾大学経済学部中退。1989年にカワムラオフィス設立、代表取締役。1994年に青山出版社設立、代表取締役就任、映画『トレインスポッティング』の原作「トレインスポッティング」などで成功を収める。1998年、株式会社アーティストハウスを設立し数々のヒット書籍を手掛ける。(出典:Wikipedia

河村氏は日刊ゲンダイのインタビューで、「この6年半で民主主義的な政党政治は押しやられ、官邸の独裁政治化が相当に進んでいる。自民党員でさえも無視されている状況です。にもかかわらず、安倍政治を支えている自民党員、忖度を強いられている官僚のみなさんには特に見てもらいたいですね」と語っている。

とくに、安倍首相の代弁者のようなジャーナリストで知られる元TBSワシントン支局長のレイプ疑惑で逮捕状が取り下げられた問題に、日本の歪みを感じたという。

 ――製作のきっかけは?

 かなり前から政治がおかしい、歪んでいると感じていたのですが、異常だとまで思うようになったのは2年ほど前。伊藤詩織さんが告発した事件がきっかけです。

 ――安倍首相と親密な関係にある元TBSワシントン支局長の山口敬之氏に持ち上がったレイプ疑惑ですね。詩織さんの訴えで警察が動き、山口氏は帰国直後に成田空港で逮捕されるはずが、執行直前に逮捕状が取り下げられた。

 逮捕状取り下げなんて、通常はあり得ないでしょう。官邸は身近な人間や取り巻きを守るために警察まで動かすのかと。衝撃でしたね。この国では警察国家化も進んでいる。官邸を支える内閣情報調査室(内調)が公安を使ってさまざまな情報を吸い上げ、官邸はそれを政敵潰しに利用しています。(出典:日刊ゲンダイ

ある理由で制作プロダクションが協力を断った

日刊ゲンダイのインタビューを読むと、河村氏が強い問題意識を持って、この映画の陣頭指揮を取ったことが分かるが、一方で忖度が忖度を広げていることもよく理解できた。

それは、映画製作に過程で、河村氏は役者のキャスティングについて、さほど苦労はなかったと語っている。

役者集めではなく、製作スタッフ集めが難しかったというのである。

それはなぜか?

制作プロダクションが「テレビ業界で干されるかもしれない」と断ってきたからだ。

 ――内調に出向中のエリート官僚に扮した松坂桃李さんは〈「こんな攻めた映画を作るのか!」という純粋な驚きがありました〉とコメントしていましたが、キャスティングでご苦労は?

 役者のキャスティングは実はそうでもなかったのですが、スタッフ集めが難しかったですね。「テレビ業界で干されるかもしれない」と断ってきた制作プロダクションが何社もありましたし、「エンドロールに名前を載せないでほしい」という声もいくつか上がりました。映画館や出資者など協力してくれた人たちは口には出しませんが、いろいろと風当たりがあったと思います。僕自身は圧力を感じたことはありませんが。(出典:日刊ゲンダイ

安倍政権に対するテレビ局の忖度が、そのテレビ局から仕事をもらう制作プロダクションの忖度を生んでいることになる。

権力批判するにも勇気がいる日本に漂う歪んだ空気。それは確実に浸透しているのである。

では、東京新聞の望月記者が、組織内ジャーナリストでありながら、なぜ、政権に批判的な姿勢を貫くことができるのか?

その背景について、次回、深く考えたい。

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