池上彰氏が危惧する「関係者によると」報道の是非

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池上氏の指摘は新聞業界でも議論されたテーマだった

日産のカルロス・ゴーン会長(当時)が東京地検特捜部に逮捕されるというビックニュースに日本だけでなく世界中が驚いたのはご承知の通りだが、初報段階では朝日新聞が先行した。

私自身、朝日新聞は相当先行していると思ったのは、ゴーン会長を乗せた旅客機が羽田空港に到着した際、その旅客機の写真や捜査員らしき人たちが機内に上り込む動画がアップされていたためだ。

そうした写真や動画は事前に特捜部関係者から情報を入手していなければ、撮影するのは困難で、朝日新聞記者の食い込みぶりを感じたものだ。

それからは報道各社の報道合戦がスタートするわけだが、その報道合戦の熱気が立ち上がる最中の12月1日、朝日新聞に池上彰氏の寄稿文が掲載された。

タイトルは「危うい「関係者によると」 池上彰さんが読むゴーン報道」。

この中で池上氏は、朝日が強制捜査の着手段階で先行していたことを説明したうえで、次のように指摘します。

ここまでは先行していた朝日ですが、当然ながら他社も追いかけてきます。以降、熾烈(しれつ)な取材合戦が繰り広げられます。そこで問題なのは、取材源をどう表現するかです。たとえば同月26日付朝刊の1面で、朝日はこう書きます。

〈関係者によると、ゴーン前会長の報酬は、実際には年約20億円だったのに、報告書への記載は約10億円にとどめる一方、差額の約10億円は別の名目で毎年蓄積し、退任後に受け取る仕組みになっていた〉
さて、ここで出てくる「関係者」とは誰なのか。これが22日付夕刊には「日産関係者の話でわかった」という表現があります。日産からの情報を「日産関係者」と明記するのであれば、ただ「関係者」とあった場合は、東京地検特捜部からの情報なのでしょうか。そこがはっきりしない記事なのです。(出典:朝日新聞「危うい「関係者によると」 池上彰さんが読むゴーン報道」)

池上氏は、ニュースキャスターとして有名になったが、NHK時代はもともと社会部記者だった。つまり、記者出身のニュースキャスターである。

2005年にNHKを早期退職したあと、「いい質問ですねえ」という決まり文句と分かりやすい解説が評判となり、民放などに活動の場を広げたが、彼の分かりやすさは記者出身であり、長年の新聞切り抜きを欠かさなかったがゆえの産物だと思っている。

であるからこそ、池上氏にとって、新聞やテレビのニュースに頻繁に登場する「関係者によると」報道が気になったというのは、当然の感覚だ。

池上氏は、寄稿文の最後に、こう結んでいる。

「関係者によると……」という書き方に慣れてしまうと、取材が安易に流れる危険があります。取材源が漠然としてしまい、記事が正確かどうか、記者の上司などがチェックできなくなる可能性があるからです。
取材源は守りながら、でも安易な「関係者」の表現に寄りかからない記事の書き方を期待します。
(出典:朝日新聞「危うい「関係者によると」 池上彰さんが読むゴーン報道」)

池上氏も、取材競争の渦中にある記者の取材事情もよく分かりつつ指摘したようだ。

東京地検の検事にも守秘義務のあること、よって検事が記者にペラペラ喋ってくれるわけはないことにも触れている。

ただ、この「関係者によると」報道は、新聞業界などでも度々議論となったテーマなのである。議論にはなるけれども、結局は明確な結論が出ず、現在に至っているわけで、その意味では古くて新しい問題ともいえる。

「関係者によると」報道の功罪を整理

それでは、「関係者によると」報道はやめた方がいいのか?それとも、いまのまま続けるべきなのか?

まずは、その功罪を整理しておきたい。

「関係者によると」報道が優れている点は次のように考える。

  • 取材源を秘匿できる
  • 取材先への迷惑も軽減される
  • 記者自身が見た事実なのか、伝聞で書いた事実なのか峻別できる

一方、危惧される点はなにか?

  • 取材先を特定しないため、曖昧な事実までも書いてしまいかねない
  • 記者がデスクにも取材源を明かさない場合にはチェックが困難になる
  • 読者はどこの関係者なのか分かりづらい

この他にも功罪はあると思うが、こんなところだろうか。

「関係者によると」報道が力を発揮する局面とは

「関係者によると」報道が力を発揮するのは、取材先が守秘義務をタテに話そうとせず、しかし、その内容が国民生活に大きな影響を与える場合である。

誰が話したかどうか以上に、その内容を国民に伝えることによって国民が生命財産の危険性が迫っていることを早く知ることができるからだ。

例えば、政府がどこかの国と開戦することを考えていた場合、取材源を関係者と表現してでも、報道する意義は大きい。多にして、権力者は国民が嫌がることを隠したがるものだ。発表と同時に実行したいと考える事案もあるだろう。

もしも、新聞社のガイドラインに「関係者によると」報道を禁じたら、どういう現象が起きるだろうか?

まず、取材源を明かした記事では書けないことばかりになるため、そもそも面倒な事象は記者が追わなくなる。たとえ、そういう事実を掴んだとしても、今度は、取材源を明かした報道に対し、部長やデスクが萎縮して出稿を見送る可能性もなくはない。

一方、「関係者によると」報道を放置すると、どんなことが今後考えられるだろうか?

単なる関係者という表現のため、権限のない人や事実を知らない関係者の与太話まで「関係者によると」報道に含めて書いてしまう可能性がある。

記者も人の子である。易きに流れるのは過去の歴史が示している。

ただ、双方を天秤にかけた場合、記者から「関係者によると」表現を奪うのは国民にとって得策ではないと考えている。

本来は、関係者表現がないに越したことはない。しかし、報道現場は記者の人数が減り、一次情報の取材・出稿する体制が年々弱体化しているのが実情だ。

その状況で、「関係者によると」報道を記者から奪うのは、権力機関から情報を聞き出し、国民に伝える武器を奪うことに等しい。

むしろ、記者から武器を奪うことによって、将来、国民に思いもよらない損失が生じることを危惧するのである。

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