NETFLIXに契約してからというもの、外出するのが億劫になった。
映画・ドラマのコンテンツの数だけでなく、ラインナップも充実している。
アメリカのドラマはシーズン1で20話というものもあり、それがシーズン10くらい続く作品がざらにあるのだから、その企画力・資金力は大したものだ。日本のテレビドラマの貧弱さを嘆くのもばかばかしくなる。
アカデミー俳優のケヴィン・スペイシーが製作総指揮で主演の「ハウス・オブ・カード 野望の階段」は、こんなに悪い奴でいいのかと思わせる作品だ。
アメリカ大統領が自分の出世や地位を守るために殺人まで犯し、それも手下にやらせるのではなく自ら手を下すのだ。
妻はそんな彼の罪をかばうでもなく、大統領の座を乗っ取る野心的で冷徹な女性だ。
シーズン5まで一気見してかなり盛り上がってシーズン6を待っていたが、ケヴィン・スペイシーがセクハラで訴えられ、ゲイをカミングアウトし、NETFLIXも泣く泣く彼を降板させた。
しかし、ケヴィン・スペイシーのいない「ハウス・オブ・カード」は阿部寛のいない「下町ロケット」、水谷豊のいない「相棒」のようなものだ。いやそれ以上か。
シーズン6は妻役のロビン・ライトが大統領に就任する場面から始まるのだが、これが人心をまったく掌握できないジコチュー女性大統領で、主要スタッフが次々離れてゆく。ドラマの展開は話が前に進まず緩慢で、会話に登場する人物名は過去の作品が完璧に頭に入っていないと、「誰のことか?」とイライラしてしまう。
ケヴィン・スペイシーをまったく登場させない。写真でも登場させない徹底ぶりだ。しかし、スペイシー演じるフランシス前大統領の悪事が醍醐味だったドラマなのだから、奥様大統領がいくら頑張っても過去の素晴らしい作品の出来からは程遠い内容となってしまった。
女性だけのホワイトハウスって現実離れしすぎだし、部下との会話もどこかヒステリックに見える。女性蔑視な内容にしないようしながらも、逆に女性蔑視な印象を受けたのは残念だ。
「Me Too」問題に揺れるアメリカだが、その影響がコンテンツをつまらないものにしてしまったのは、なんとも皮肉な結果だ。
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